ASTAR TEM用結晶方位解析装置

ASTAR – TEM用結晶方位解析装置(NanoMegas社製品) 

ASTAR法は、NanoMegas社(本社:ベルギー)によって開発され、2006年に商品化された、透過電子顕微鏡(TEM)においてSEM/EBSD法のような結晶方位マップや相マップを得る手法です。FE-TEMではビームを2nmf以下に絞ることも可能で薄膜試料を用いることから、SEM/EBSD法ではなしえないような高分解能結晶方位マップを得ることが可能となります。ナノスケールオーダーの組織解析に威力を発揮しています。

ASTAR – TEM Orientation Imaging

ASTAR法ではTEMにおいて2nmf程度に絞った電子線プローブを試料上でスキャンしながら、連続的に回折パターンを収集します。回折パターンの収集の際は、試料のわずかな湾曲や歪等の影響による各スポットの輝度変化を取り除いた安定した回折パターンを収集する目的でPrecession Diffraction法を使用しています。回折パターンは、NanoMegas社特許のテンプレートマッチング法を用いて指数付けすることにより、結晶方位の算出および相(結晶系)の判定を行います。スポット回折パターンでは、格子定数の違いも判別できるため、相分離性においてはSEM/EBSD法より優れた特性を示します。ASTAR法では、TEMにおいて平行照射のできる範囲が限られるためSEM/EBSD法のような広い領域を測定することはできませんが、極微細組織の構造解析に大きな力を発揮しています。

How it works

1) Precession Diffraction(プリセッション回折パターン)

ASTAR法では、安定した回折パターンを収集目的で、プリセッション回折パターンを使用しています。プリセッション回折パターンとは、右図のように、照射系偏向器を用い試料上で照射電子線を歳差運動(Precession)させ、さらに結像系の偏向器で完全な回折パターンが得られるように電子線を振り戻します。この操作により、回折スポットの輝度むらを軽減した状態でより遠くのスポットを得ることが可能となります。右図に通常の回折パターンと、同じ回折パターンにプリセッションをかけた時の回折パターンを示します。プリセッションにより回折パターンが大きく改質されていることが判ります。通常の結晶方位マップの取得には、0.5゜~1.0゜程度のプリセッション角を用います。このプリセッション角を大きくすると、ダイナミカルな効果が削減され、よりキネマティカルに近い回折パターンを得ることができます。

2) 回折パターンの収集

ASTAR法におけるデータ収集は、TopSpinと称する右図に示すような専用ソフトで行います。TopSpinでは、プリセッションの制御およびSTEM像の表示、そして指定されたステップ間隔で回折パターンの収集を行います。プリセッションでビームを収束させる操作はオート機能があり、ボタンのクリック1つであとは自動的に調整します。ユーザーの役割は、試料のフォーカス位置を調整することやプリセッションフォーカスの確認、測定視野の指定といった定型化した仕事になります。

3) テンプレートの作製

TopSpin で収集した一連の回折パターンは、NanoMegas社特許のテンプレートマッチング法により指数付け、相同定、結晶方位の算出を行います。テンプレートマッチング法では、試料の結晶構造に基づいた逆極点図上で可能性のある全ての結晶方位の回折パターンのシミュレーション像(テンプレート)を約1°の方位間隔で作成しておきます。次に取込んだ回折パターンとこのテンプレートを比較し、最も良く似たテンプレートを探します。見つかったテンプレートを計算した時の結晶系や結晶方位がその解として採用されます。ASTAR法では、このテンプレートを作成するソフトウェア(DefGen2)が、構成されています。図に示すように結晶構造と単位胞内の原子位置座標を入力し、加速電圧や取込範囲等を指定し計算します。この計算は、早いものでは10秒程度、複雑な結晶系のものでも2分程度で終了します。また、結晶系データはcifファイルを読込むことも可能です。

4) 取込んだ回折パターンの指数付け/結晶方位の算出

TopSpin で収集した一連の回折パターンは、前述のテンプレートマッチング法で指数付けされます。これには専用のソフトウェア(Index2)を使用します。Index2 では、取込んだ回折パターンの画像処理、カメラ長の確認等を行った後、指数付けに移行します。テンプレートマッチング法による指数付けは、高度な並列処理で行うため、最新のシステムでは立方晶で単相の試料の場合には、1秒間に1,000パターンの指数付けが可能となっています。また、Index2では、明視野像や疑似暗視野像の構築も可能となっています。テンプレートマッチング法の優れた点は、多重回折パターンでも指数付けが可能なことです。また、Index2.2からは、この多重回折パターンのデコンボリューション機能も装着されました。これにより結晶粒の重なり等の判別も可能となります。

5) データの表示/データのExport

指数付けが完了したデータは、MapViewer で結果を表示します。MapViewerでは、マップ像に対して回折パターンから得た結晶方位が正確に対応するように表示されます。また白黒で表示されるIndexマップとカラーで表示されるIPFマップを重ねて表示したり、粒界を表示したりすることも可能です。より詳細な解析を行うために、OIM Analysis にデータを転送し、EBSD法の解析ソフトを使用することも可能です。

Application Data

1) 空間分解能

異なるサイズを持つCu試料の観察例

TEM/ASTAR法の最大の特徴は、空間分解能です。EBSD法でも優れた空間分解能を持つ結晶方位マップが得られます。しかしEBSD法では、試料中で散乱した電子線がEBSDパターンの光源となるため、光源を数nmオーダーにすることは困難です。一方TEMにおけるスポット回折パターンは、照射電子線そのものが回折される現象のため、照射電子線のプローブ径が結晶方位マップの分解能に直結します。今日のFE-TEMでは、1-2nmf程度のプローブは容易に得られるので、極めて高い空間分解能が期待できます。図には銅の微細粒からなる薄膜試料を透過EBSD法とASTAR/TopSpinで撮ったデータの比較を示します。透過EBSD法のデータもかなり良く取れてはいますが、ASTAR法には遠く及ばないことが判ります。ASTAR/TopSpinでは、測定条件にもよるもののAu蒸着試料において5nmf以下の粒子の指数付けも十分に可能です。

2) 結晶方位マップ

右に半導体のWビア部分の結晶方位マップおよび相マップを示します。TEMの明視野像でもだいたいの構造は分かりますが、結晶粒の大きさやその配向を知ることは困難です。ASTAR法では、10nm以下の結晶粒も正確に指数付けできていることが判ります。また、W相、NiSi相、Si相と結晶系の違いによる相分離も問題なくできていることが判ります。このような高分解能の結晶方位マップはEBSD法では得ることができませんでした。

次にピアノ線断面の測定例を示します。右図TEMピアノ明視野像に枠線で示した部分を測定したIPF map、Grain mapそしてPhase mapを示しました。ピアノ線は加工歪が非常に大きくEBSD法ではなかなか詳細なマップを得ることができません。このため非常に微細な組織になっていると考えられていました。ASTAR法では、非常に細く絞った電子線を使用することもあり、加工歪が非常に大きな組織でも局所領域の回折パターンは十分に得ることができます。その結果ASTAR法では、ピアノ線のほぼ完全な結晶方位マップを得ることができました。またEBSD法では検出自体が難しいセメンタイト相の指数付けもできています。この結果を見ると、ピアノ線の結晶粒は加工歪は大きいものの結晶粒自体はそれ程微細化しているわけではないことが判ります。

3) 相マップ

TEMの回折パターンでは、スポット間の距離が格子定数に相当するため、格子定数の違いで相の分離も可能です。特にプリセッション回折パターンでは、より遠くのスポットも指数付けに使用できるため、テンプレートマッチング法と組合わせることにより格子定数の違いによる相マップの精度を上げることができます。

図には、リチウムイオン電池に使用される LiFePO4/ FePO4 の粉末を観察した例を示します。粒径は30-200nm程度で、充放電により、リチウムイオンが移動し相が変化します。しかし、 LiFePO4/FePO4は右図のように回折パターンは良く似ており、また格子定数の違いも小さく識別は容易ではありませでした。しかしプリセッション回折パターンを利用したテンプレートマッチング法による指数付けでは、非常に優れた相分離が可能となっています。

4) 弾性歪み測定

Topspinデータ収集ソフトウェアでは、プリセッション回折パターンの特性を生かした弾性歪み測定ソフトを用意しています。(オプション構成) この方法では、参照点(歪の無いとされる位置)のパターンと測定点のパターンを比較することで、わずかなスポット位置の違いから弾性歪の測定が可能となります。これにより、nmスケールの領域で、高精度な弾性歪測定が可能となります。左図は、半導体ゲート付近の測定例を示したもので、下図の結果を示します。しかし、この手法には試料が薄膜となっていることから外力による格子歪の測定はできません。測定できる歪は格子のミスフィットによる歪や、析出物等の存在による格子歪に限られます。また、回折パターンの対称性も考慮するため、低指数面が出ている必要があります。

装置の構成

ASTAR/TopSpin は、右に示すような部品が構成されています。ASTAR/TopSpin は、お客様指定のTEMに取付け、アライメント等の調整がなされた状態で納品されます。

取付にあたっては、ASTAR/TopSpinによる測定の空間分解能が、TEM本体のプローブサイズに大きく依存するため、FE電子銃を搭載したTEMに取付けることが強く推奨されています。また導入の際には次の点にもご注意いただく必要があります。

  • ブリセッション 時のビーム傾斜角および空間分解能等仕様にかかわる部分については、取り付ける TEM の機種やポールピースの構成により異なります。
  • 回折パターン取り込み用高感度カメラの取り付け方法は、TEM の機種により異なります。オプションのカメラスライドを選択の場合は、取付ポートが空いていることをご確認ください。
  • TEM の機種により取り付けられない場合がありますので、事前にお問い合わせください。